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病名が分かるまで6(娘の誕生)

そんな症状に不安を抱きながら
娘の誕生を待ってまし た。
日に日に歩きづらくなる。
体に力が入らない、痛い。
相変わらず目が定期的に見えなくなる。
こんなで子供が産めるんだろうかって
不安も抱きながら。

予定日よりも3ヶ月早く破水をして
またもや早産の危険。
このままでは子供も危ないという事で
絶対安静となり入院する事になりました。

これだけ歩きづらく
首、背中、腰が痛いのなら
予定日まで待ってたら
母体も、もたないかもしれないという事で
陣痛促進剤で2500gになるのを待って
人工的に産ませる事になったのですが
私の病気は、進行してて
麻痺がはじまっていたのでした。

病院の廊下を歩いてて急に
赤ちゃんが落ちてきてしまって
いわゆる墜落出産です。
2400gと小さかったせいもあり
そのままツルンと出てきてしまって
この子に障害が出ないだろうか…
頭は大丈夫だろう か…
そんな心配ばかりで自分の事など
どうでもよかった。

手の中にスッポリ入ってしまう様な未熟児の娘。
ミルクも20ccが飲めない。
飲ませても吐いてしまう。
やっぱりこの子には
障害があるんじゃないかって
すごく心配をしたものです。

でも子供って、小さく産んで
大きく育てよとは よく言ったもので
我が家の娘も社会人。
身長170cm、手足が長くて
顔がもっとよかったらモデルだねって
笑うほどに成長したのです。
何をやらせても器用にこなし
サウスポーのせいか
部活ではエースをさせてもらってました。
リレーの選手も小学校からずっとです。
高校3年で、国体選手として大分に行きました。

よかった、丈夫に育ってくれて・・・

それと反比例する様に
私の体の様子が異常になってきたのです。

  1. 2009/05/10(日) 23:24:57|
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